エジプトのイスラエル人 - 本山秀毅2010/02/10 21:50

 ヘンデルという名前は広く知られているが、その作品については、合唱に親しんでいる人でも「メサイア」ただ一曲だけの作曲家、あるいは「ラルゴ」の旋律でのみ知っているというのが一般的なところではないだろうか。しかし少し深く彼の作品を知ることになると、数多くのオペラとオラトリオに向き合うことになる。それらには極めて多彩な音楽表現が用いられており、彼の自由闊達な精神が生き生きと息づいていることに気づかされるのである。その中でも彼は好んで歴史的な主題を用いた。作品は歴史的な背景に繰り広げられる個の人間ドラマがほとんどであるが、「エジプトのイスラエル人」は、神と群集との対峙を描いたものであり、その主題は特殊なものになっている。そしてそのストーリーの性格上、合唱に大きな役割が与えられていて、おそらくヘンデルのオラトリオの中で最も優れた合唱の扱いをみせる作品ということができる。
 オペラの作曲家として社会的に失敗したヘンデルは、オラトリオの作曲に新しい活路を見いだそうとしていた。次々と水準の高い名作を生み出したヘンデルは「サウル」の完成の後、わずか1ヶ月でこの「エジプトのイスラエル人」を完成させたと言われている。
 自信をもって臨んだ初演はみじめな失敗に終わった。これは当時の聴衆がオペラの影響もあって、独唱者の名人芸をこれらの作品に期待していたため、合唱を中心にしたこの作品には共感が乏しかったのである。しかし豊かな表現力をもつ合唱を本領とするこのオラトリオは後世の評判も高く、ロマン・ロランは「最も偉大な合唱の叙事詩であり、エホバとその人民であふれている」と語り、シューマンは「合唱作品の理想」とまで呼んだのである。

 題名のとおり、旧約聖書の「出エジプト記」をもとにして、エジプトに捕らわれたイスラエルの民とその脱出を描いている。全曲は2部に分かれ、第1部はエジプト脱出までを、そしてヘンデル自身によって「モーゼの歌」と題された第2部は、苦難を脱したイスラエル人とその指導者モーセによる神への感謝と賛美を内容としている。
 このオラトリオは彼のもととしては珍しく序曲を欠くが、通例により当初ヘンデルがこの第1部として計画した「ヨセフの死を悼むイスラエル人の嘆き」という作品の序曲を演奏する。
 それぞれの音楽にはテキストからインスピレーションを得た音楽が実に生き生きと展開されている。
 ひとつは人間の感情や思考に属するテキストの表現である。第2曲「イスラエルの人々はその労働のゆえに呻いた」では苛酷なイスラエルの民の嘆きが大きな旋律線とともに描かれる。また第11曲の合唱では「恐れがのしかかってきた」という歌詞にたいしておののくような曲想が印象的である。
 次に、ヘンデルの自由な精神をもつ表現者としての面目躍如な側面が、さまざまな自然現象や具体的な描写をバロック音楽の範疇に見事に適応させて音楽化しているところにみられるのである。第5曲のアルトアリアでは蛙の跳びはねる様子が、また第6曲の合唱ではアブやブヨの大発生する様を描いてユニークである。第7曲の合唱では雹(ひょう)や稲妻が大地をはしる様子や、また第8曲では「闇」を緩徐なテンポで表現している。第14曲では人々が大波に呑み込まれる激しい音楽が、また27曲では「鼻の息によって水が積み上げられ」「荒れ狂う大水が立ち上がり」「水は海の真ん中で固まる」という意外なテキストを鮮やかに音にしているのである。歌詞を理解してこれらの音楽を聴きながら、ヘンデルの表現意図が読み取れることがこのオラトリオの大きな楽しみといえるだろう。
 もうひとつの特徴は、第2部「モーゼの歌」に多く見られる「感謝」や「賛美」の曲調である。第18曲「私は主に向かって歌おう」、第25曲「あなたは大いなる威光をもって、あなたに立ち向かうものを打ち倒される」そして終曲でソプラノ独唱がミリアムの娘を演じながら合唱とともに歌い上げる「主は代々限りなく統べ治められる」など、テキストの明るく晴れやかな印象を爽快な音楽で表現しているのも魅力である。

 この作品は「メサイア」というビッグネームの陰に隠れて、その作品の規模が大きいことと、その主題が「出エジプト」というわれわれには少しなじみにくいものであることから、演奏される機会はあまり多くない。しかし合唱団にとって、ほとんど「合唱による叙事詩」とでも言えるこの作品はこの上なく魅力的なものである。この作品にまつわる個人的なエピソードをひとつご紹介したい。
 今から15,6年前ドイツの留学を終えて帰国する直前に、師事していたヘルムート・リリンクが彼の自宅へ招待してくれた。さまざまな話が出た中でわたしが「何か大切にされているようなもの、宝物のようなものはあるのですか」と尋ねたところ、しばらく考えていた彼が立ち上がってもってきたものはセロファンで包まれた一枚の葉書であった。彼はおもむろに「ブラームスの書いた葉書だ」といった。彼は、その持ち物の中にブラームスの筆跡のオリジナルがあっても不思議ではない位置にいるとは思うが、実際にブラームスの書いたというものを手に取るのは感慨深いものであった。
 この話はこれだけではない「何が書いてあるかわかるか」と尋ねられたのだが、筆跡が錯綜していて判読できない。彼はニヤッとしてこう言ったのである。「そこには「わたしが一番気に入っているヘンデルのオラトリオはエジプトのイスラエル人です」と書いてあるのだよ」と。
 これだけのことなのだがよく考えてみるとなかなか含蓄のある話なのだ。あの「ドイツレクイエム」の堂々とした構築感あふれるフーガをものにしたブラームスが、ヘンデルのことを意識しなかったはずはないが、当時からヘンデルの作品中抜きん出て有名だった「メサイア」ではなくこの「エジプトのイスラエル人」がお気に入りだったということ、(いったいこのことがどの伝記に記されているであろうか)、そしてそのことだけを得意げに葉書の返信に記しているという事実(まことに残念ながら宛て名は記憶にない)。
 そしてそれをバッハ演奏で評価の高いリリンクが、宝物にしているということもとても愉快であった。「バッハ」ではなくて「ブラームス−ヘンデル」なのだ。これがただのサインや、所用の返信では宝物にならない。ブラームスというロマン派の巨匠がヘンデルの合唱作品に個人的な感想を綴ったという自筆は、関係者からみるとまさに垂涎の的である。

(2004年10月3日 特別演奏会プログラムより転載)

Copyright 2004 Hideki Motoyama. All rights reserved.

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://kyotobachchor.asablo.jp/blog/2010/02/10/4870037/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。